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生まれて初めて救急車を呼びました

救急車

父が転倒した!

救急車 ってありがたいなと思いました。ちょっとぐらいお金取ってもいいんじゃないかと思ったぐらい、ありがたかったです。そんな救急車を呼んだ日の1日を書きたいと思います。

病院嫌いの年寄りを救急車に乗せるまでが大変でした。

父がお風呂場で転びました。夜の10時ごろです。ガタンと音がしたので、こけたんじゃないかと母が見にいったところ、本人は既に起き上がっており、痛いけど大丈夫だと言ってたと。

その後、父はいつものようにお風呂から出てきました。元々「あんたはレディか?」というぐらい長風呂なのですが、いつも通りの時間で出てきたので、普通に身体を洗い、頭を洗って出てきたようです。

ただ、足をひきずっていたので、ちょっとヤバいんじゃないかとは思いましたが、普通にしゃべれていたし、本人が、ぶつけただけだから湿布貼っといたら治るというから、湿布を貼って横になっていました。

が、2時間ぐらいたった深夜0時頃、痛みが酷くなってきたと言い出しました。これはまずいな、「救急車を呼ぼう」という話になったのですが。。。

父が、断固として救急車を拒否!

救急車?あかんあかん、絶対あかん

恥ずかしいとか言うてる場合ちゃうで

○○病院に連れていかれたらいやや

じゃあ、△△病院へ行こう。私の車で。夜間も開いてるから

夜は動きたくない

なんじゃそら…

そして次の日の朝。。。

ちょっとあんた、お父さん、全然動かれへん。

マジかい。。。

お父さん、病院行こう

朝早いからいや

まだそんなこと言うか。もう救急車呼んだで。

やっぱり行かなあかんのか…

行かんかったら治らんで。

ひげ剃ってないし

やかましいわ!

消防ですか救急ですか

生まれて初めての119コール。ドキドキしました。

早いですよね電話に出てくれるの。すぐにつながったためしがないカスタマーサービスセンターとは大違い。

「救急です」と答え、状況を説明したり、住所を言ったり。けっこう細かく状況を聞かれるんですね。

意識がないとかいうわけではないので、比較的落ち着いて答えられたと思うのですが、「今から救急車行きますね」と言われると、ホッとしました

救急車が来た

うちの家の周囲、すごくわかりにくいんです。しかも、どんな高級なカーナビでも、家の裏側の大型車がギリギリ通れる道を案内してきます。そして、通り抜け禁止ブロックの置かれた駐車場へ誘導し、バックを余儀なくさせます。

とはいえ、年寄り地域なので、救急車はよく来ますし、実際、私の前の家にもその隣の家にも救急車がきたことがあるし、まぁ表側からくるよねと思っていたのですが。。。

サイレンが裏手から聞こえてきました。「そっちから来たか~」などと思いながら、ダッシュで駐車場へ見に行くと、隊員さんが、ブロックをどかしていました。重いけど、男性なら動かせるブロックでよかったです。

また、この駐車場は、平日の昼間は、近所の施設の職員さんの車で満杯なのですが、コロナが始まってから車が少なくなり、救急車が来たときは車がとまっておらず、ラッキーでした。

え?熱あるの?

担架で救急車に運び入れられた父、熱を測ったところ、まさかの37度8分。当然この時期ですから「コロナ疑い」で、車内に緊張が走ります。

隊員さんが自分のマスクをゴージャスなマスクに付け替えていました。

そして、若干怒り気味で、「転んだの昨日ですよね?」「昨日から熱はありませんでしたか?」「外部との接触は?」と。隊員さんは「こうなる前にもっと早く救急車呼べよコラァ」と言いたげでした。。。スイマセンほんとに。

ところで、救急隊員さんに「家族の方、どなたか救急車に乗ってください」と言われたとき、帰りの足がないことに気づいていましたが、救急車に乗ってみたいという気持ちに負けてしまい、「ハイ!」と元気に返事をして乗ってしまいました

骨折疑いです

救急車の中で、隊員さんが連絡しています。「骨折疑いです」と。やっぱ、夜中でも救急車呼べばよかったかな~と後悔

しかし、救急車は、本人が拒否すると乗せてくれないと聞いたことがあり、うちの父の性格なら、土壇場でゴネる可能性もあったため、本人の口から行くという言葉が出ないうちは、呼ぶのをためらいました。

意識がないとか、ろれつが回ってないとかなら、そりゃもうすぐに呼びますけど、上記のようなマヌケな会話をする元気があったため、様子を見てしまいました。

結局は119をしてから納得させる形になりましたが、父の口数が減ってきて、「これはきてるな。行くと言うのは時間の問題だ。もう拒否する元気はない」と判断したところで電話しました。

父よ、どうせなら、痛いから救急車を呼べとわめき散らしてほしかった。普段、どうでもいいことで母に向かってわめき散らしているくせに。。。わめき散らすのはここだよ。。。

いざ病院へ

家に来たときも「わざわざ狭い方の道から入ってきたのね」でしたが、病院に向かうときも「あえて狭い道を選ぶのね」でした。私がかつて通勤していた時の道で、小型の乗用車が2台ギリギリすれ違える幅です。救急車だと、対向車がきたらすれ違えないかなと(そこのけそこのけ救急車が通るで相手がバックしてくれるかな。。)

「あの…あっちの大きい橋の方をかっ飛ばした方がラクですよ」とは、もちろん言いません(笑)

とにかく病院に連れていってくれるだけでもありがたかったです。

病院到着です

骨折とかの外傷だと、だいたいここに運ばれるという、整形外科の病院です。○○病院だけはいやだという父の望み通りになったのはよかったか。。。

ちなみに、○○病院がそんなに悪いってわけじゃないんです。私も通院していてお世話になっていますし。父が個人的に嫌いなだけで。

保険証を忘れました

父は、昔から保険証も薬も全部自分で管理していて、私が母の保険証と一緒に管理しようかと言っても聞き入れませんでした。だから私は父が保険証をどこに置いているのか知りませんでした。

母は保険証が置いてある場所を知っていると言ったので、出して持っていってねと頼んでおいたのですが。。。

母が軽い認知症だったことを忘れていました。まだ初期といえ、昔のしっかりしていた母とは違うのです。病院で母に「あんた保険証もってきたんか?」と言われ、自分の過ちに気づきました。

救急車に乗ってみたいという気持ちに負けたので、帰りの足がありません。タクシーを呼んで家に帰って、保険証とお薬手帳を探しまくりました。母から聞いていた場所とは違うところから発見されました。

そして、自分の車で病院に戻りました。待ち構えていたかのように、受付の人がやってきて「保険証をお持ちですか?」

ええ、持ってますとも!てか、今持ってきました!

手術します、そして個室です

検査の結果、「大腿部の付け根を骨折しています。1週間後に手術になります。人工関節になります」とのこと。

救急車の中での様子で、こうなることは予想していたので、驚きはなかったです。

それよりも、「今の時期、熱があると個室しかダメなんです。1日6,600円ですけど了承していただけますか?」と、こちらの方がビビりました。

入院保険とかないんだな~高齢だからもう切れてて。ただ、今の時代、外傷だと病院は長く入院させてくれません。手術が終われば一定期間で必ず追い出されますから、支払いの終わりは必ず来るので持ちこたえられるとは思いますが、痛いよね~。

父は性格に難があり、他人に迷惑をかけずに済むからいいだろうと思うしかないです。

看護師さんと打ち合わせ

病気の既往歴とか薬とか、その他アンケート形式で色々聞かれました。親子でも知らないものです。けっこう適当に答えてしまいました。

看護師さんも忙しいですからね、倍速でドラマ見てるみたいに早口でした。母親はただキョトンとしてました。

でも、どの看護師さんも優しそうです。なんだろう、フロアが広々に設計されている病院の看護師さんは優しそう(偏見です)

買い出しをして病院へ

入院準備です。渡されたプリントを見て100均へ買い出しに。私自身、入院を2回してますので、プリントに書かれているものの他、必要そうなものを。

病院生活必需品着替え、看護師さんに言われた通り、現在処方されているすべての薬を持って病院へ。

面会はできません

病室には行けません。受付で来院カードに記入すると、受付の人が看護師さんを呼び出してくれて、看護師さんが病棟から1階に降りてきてくれます。その看護師さんに、持ってきたものを渡すというシステムです。来院者も熱を測られます。カメラの前に立つとすぐに体温が表示されます。

持ってきたものと引き換えに、洗濯物を渡されます。まだ入院して5時間でしたが、さっそく汚したパジャマを渡されました。

入院承諾書」と「個室承諾書」を受付に提出して帰ってきました。提出するものは早く出しておかないと用紙を無くす自信があるので。

3日後の予定

看護師さんに、「今週の金曜日に手術についての話があるので来てください」と言われました。母も一緒にいたのですが、全く聞いていなかったか、忘れてしまったようです。家に帰って、私がマジックでカレンダーに予定を記入すると。「金曜日に何かあるの?」と。

こんなすっとぼけた状態なのに、手続き的なことや買い出しなどを全部私がしたことが、ちょっと気に入らなかったみたいです。子どもの頃からずっと「あんたは何もできない」とポンコツ扱いしてきたのに、そのポンコツに色々と前に立たれて複雑な心境なのでしょう。

ですが仕方ありません。病院側からも「長女さんの方に連絡でいいですか」とすぐに聞かれたし、その方が自然ということです。実際、今の母であれば、私の方が連絡係としてはマシだと思います(たぶん)

後は野となれ山となれ

父は同世代の老人と比較すると元気な方だと思いますが、かなり高齢ですので、手術中にもしものことも考えられます。金曜日は、麻酔の話だそうです。全身麻酔できるかですね。

私も2回、全身麻酔で手術を経験していますが、手術する前に必ずサインをさせられるのが「手術同意書」です。

本人と家族または保証人は「ちゃんと医師から説明を受けました。手術中にもしものことがあっても文句言いません。当日はもしもの時に備えて病院に来てスタンバっときます」という内容の書類にサインをします。

とにもかくにも、入院したらあとは流れに任せるしかないです。

自力で動けない場合は入院してくれている方が安心ですから、私は平気なんですが、母は寂しそうです。毎日ケンカしてるというか、ほぼ一方的に父から意味不明な文句を言われてるだけなのに、夫婦とはよくわからないものです。

母には「手術終わったらリハビリとかあって忙しくなるから、今のうちにのんびりしとけばいい」と言っています。

それでも不安なのか、母の独り言と妄想が増えてきたので、父にメッセージを送信してみると、なんとかわかる一言と、どう読んでもわからない謎のひらがな群が返ってきました。

難聴のため電話が嫌いという父に、メッセージプラスの使い方を教えておいたことがここで役に立ちました。87歳で、何か文字が返ってくれば、上出来でしょう。母も謎のひらがな群を見て笑って、だいぶ落ち着きました。

救急車を呼んだのは、午前9時頃だったと思いますが、やれやれとホッとした時は午後6時でした。私の人生で、一番1日が短く感じた日だった気がします。

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コメント (10)
  1. 千草 より:

    多分覚えてたとおもいますよ。醜態を見られて恥ずかしかったからそう言ったんだとおもいます。本当にお酒は飲んでも飲まれてはいけませんね。でもサカイさんさん可愛かったですね。
    さて、髪を派手に染めた若い社員の子?二人いましたが色の白い背の低いほうの男子かなぁ?
    お昼休憩隣のラインの人いつもあそびにきてたね。
    ぞんさん結構覚えてますね😊まさか派遣デビューの頃の話が出来るとは
    懐かしかったです。有難う~(o^―^o)ニコ    

    1. ぞん より:

      たぶん色の白い背の低い方だと思います。何だかんだで楽しかったので、結構思い出せました。ありがとう😄

  2. 千草 より:

    おはよう😊
    私矢沢号に乗ってましたか?本人忘れてます(笑)今でも矢沢永吉のファンですよ。(o^―^o)ニコ
    彼女お酒入ると豹変してましたね‼カラオケで踊り狂ってドン引きしました。普段誰よりもおとなしかったのにね。その帰りでしたね。ぞんさんが心配で一緒に帰ってあげたのに気持ちが悪くなり各駅停車して吐いてた話未だに覚えてます。あの時辛いことがあつたんでしょうね。今でも年賀状のやり取りしてますよ。いつか三人で会いたいですね😊

    1. ぞん より:

      そうでした。でもそれもひっくるめて次の日には何も覚えてなくて、お酒って怖いなと思いました(笑)
      矢沢号と命名したのは、いつも派手な色に髪を染めてた、正社員の若い男子だったかと。
      また会いたいですね😄

  3. 千草 より:

    こんばんは
    お父さん順調に回復しているみたいでなによりです。私の母も職員さんに帰りたい帰りたいと言ってるそうで兄が週末母に会いに行ってくれてますがいつ帰れるのか早く帰りたいの一点張りで行くのが嫌と言ってました。母も最初は兄夫婦と同居してたのですがお嫁さんとうまくいかなくなり兄夫婦が近くに引っ越しました。やはり嫁姑問題はむずかしいですね。
    それと、さかいさんでしたね。私も旧姓忘れてました(笑)。ぞんさんと一緒に仕事をしたのは短い期間でしたがここは派遣デビューの場所だったので凄く覚えてます。😊

    1. ぞん より:

      こんばんは。実親であっても仲が悪いことはよくありますし、ましてや嫁姑でうまくいってる話なんてめったに聞かないですし。。。元気であれば帰ってきて独居もありですけども、それができないから高齢者住宅なんでしょうしね。。。
      派遣バイトは確か9ヶ月ぐらいだったかな。忘年会でさかいさんがベロンベロンに酔っぱらったこととか、千草さんが矢沢号(自転車)で通勤してたとか、けっこう思い出してきた(笑)

  4. 千草 より:

    こんにちは。久しぶりブログを見てびっくりしましたが大変でしたね。
    その後お父さんの具合はどうですか?元気に過ごされてますか?私の父は早くに亡くなりましたが今年89歳を迎える母がいます。去年体調を崩して入院しましたがコロナの影響で面会もできず唯一の電話も耳が遠くあまり話せず寂しい思いをしました。今はサービス付き高齢住宅に入ってますが帰りたいと泣かれます。長年住み慣れた家が一番なんでしょうね。
    私も119番通報したことがありますが緊張しました。

    1. ぞん より:

      千草さん、こんにちは!
      父は、手術をして、先日入浴許可が出たと病院から連絡があったので、順調に回復してるのだと思います。やはり、直接会わないとわからないですよね~。コロナの時期で仕方ないとはいえ。たまに電話してきますけど(あれ持ってこいこれ持ってこいの)、耳が遠いので大変です。うちの父は人間性に難があるので、高齢者施設とか住宅とか無理だろうなと思います。

      全然関係ないですけど、バイトリーダーの名前を思い出しました。サカイさんですよね!
      「その女、ジルバ」というTVドラマの録画を一気見している時に、主人公が働く倉庫とか作業着とか体操してるところとか見て、急に思い出しました。

  5. KYO より:

    大変でしたね。。。おつかれさまでした。

    年寄りのワガママは相手が大人なだけに、ホント困りますね。。。
    言うだけ言って、それでも本人が嫌だと言うなら、その為に対応が手遅れになったとしても、あくまでも本人のせいなので、それ以上、全く気に病む必要はないと私は思います。
    個室、仕方ないとは言え、あちゃー💦ですね。高額医療費申請もお忘れなく。
    かなりの怪我になってしまいましたが、とはいえ、年を取って転倒すると骨折するのはあるあるなので、やはり予想通りという所でしょうか。一番軽い単純骨折であることを祈ります。
    やはり面会は禁止ですか。家族もですが受け取る看護婦さんも大変ですねぇ。
    病院周りも含め、まだまだ大変なことが続くかと思いますが、ぞんちが倒れたら一家が傾くので、無理しない程度にがんばってくださいまし。

    1. ぞん より:

      KYOさん、ありがとうございます。
      病院行きたくなくて、平気なふりしてたんでしょうね最初。そのまま風呂場でじっとしてた方が良かったと思います。父は大丈夫アピールをするために足を動かして見せるんですが、私は折れてるかもな~と思ってたので、動かすなと怒りました。
      レントゲンを見せてもらったところ、大腿骨の上の方が短くなってました。
      面会禁止で一番ダメージが大きかったのは、認知症の母です。不安のせいでしょう、独り言と妄想がすごかったです。私は母がこうなると予想していたので、看護師さんにスマホを渡してもらっておいたのですが、父からの謎のメッセージは、母を落ち着かせるのに効果てきめんでした。
      無理せずボチボチ頑張ります。